聖地巡礼

熊野信仰のはじまり・神倉神社は重要な聖地、ご祭神がなぜ高倉下命?


 

神倉神社(熊野)

 

ちいろばの熊野ツアーは、たいてい「神倉神社」を

ツアーの一番最初に訪れるようにしていました。

 

最近はオプションが入ってそうではなくなっていますが、

非常に重要な聖地として必ずツアーで参拝に訪れます。

 

神倉神社は、スピリチュアリストの江原啓之さんが、

役行者の声で「ここが熊野信仰の元である」という声が聞えたという聖地。

 

大変急な石段で有名ですが、

以前に比べれば、のぼりやすくなっています。

 

神倉神社のご祭神は、

高倉下命(たかくらじのみこと)とアマテラスオオミカミ。

 

高倉下命の別名を、

天香山命(あめのかごやまのみこと)と言います。

 

天香山命は、アマテラスオオミカミの直系のひ孫にあたります。

 

アマテラスオオミカミの命令を受けたニニギノミコトが

この国を国家として整えるために32の神々を従えて高天原から

日向の高千穂の峰に降った(天孫降臨)とき、その代表でした。

 

天香山命はその後、木斎の国(紀伊国・和歌山県)で高倉下命

と名乗って生活していたといいます。

 

一方で日本の初代天皇となる神武天皇(神日本磐余彦命・かむやまといわれひこのみこと)は

東のほうに四方を青山に囲まれた美し国があるので、

そこに行って理想とした都をつくろうとし・・・。

 

日本全土の統一をはかるために海路東へと進み、

河内国の草香邑(くさかのむら)の白肩の港につきます。

そこから陸路にかえて、大和の浪速の境の龍田に進軍します。

 

すでに大和に居を構え、一国の王として君臨していた

長髄彦(ナガスネヒコ)との合戦に苦戦し、

海路で南方から迂回をして、熊野邑近くの港に到着します。

 

今度は上陸するやいなや、大きな熊に会い、

磐余彦も兵士たちもその毒気にあたって気を失いました。

 

そのことを高倉下命が耳にし、

気にしながら眠りに入ってまもなく天に昇り、

アマテラスオオミカミにお目にかかって相談をします。

 

そこでアマテラスオオミカミは

タケミカヅチノミコト(鹿島神宮のご祭神)を呼んで・・・。

 

「私たちの子孫が病気になったり苦労しているので、

すぐにあなたが行って平らげてください」命令を出しますが・・・。

 

タケミカヅチノミコトは、

「自分が行かなくても、その国を平らげたときの一振の剣を降ろせば、

それを用いて悪い毒気を払うことができる」と言います。

 

その剣とは、「国譲り」神話にも出てくる

「布都御剣(フツノミタマノツルギ)※」です。

 

※奈良の石上神宮の主祭神であり、

布都御剣に宿られる御霊威を称えて

布都御魂大神(フツノミタマノオオカミ)と申されます。

 

そしてタケミカヅチノミコトが高倉下命に向かって、

「その剣を倉に落としいれる。その剣を苦戦している天神(あまつかみ)

の御子に献(たてまつ)れ」と教えたといいます。

 

高倉下命は翌朝、倉を開けてみると、

倉の屋根を突き破って、天から降ってきたように、

一本の剣が床に突き刺さっていたといいます。

 

「これぞ正夢」とその剣を手にし、磐余彦に渡したといいます。

 

そして霊力のこもったその剣でもって皇軍は苦しい戦いを

くぐりぬけ、ついには逆らうものもいなくなり、橿原に宮殿を

建てて、天下を治めるようになったといいます。

 

そして橿原の宮で、初代天皇として即位された神日本磐余彦命を、

のちの日本人は神武天皇とお呼びしています。

 

これは、私がツアーで持っていく「神武天皇」の漫画本を読むと

大変わかりやすいですね。

 

こうして高倉下命が献上したフツノミタマノツルギが、

日本の建国に十分に役に立ちました。

 

そして現在、奈良県天理市の石上神宮に祀られています。

 

また、熊野新宮の近くにある神倉山の山頂の巨石、ゴトビキ岩が、

天から剣が降ろされた倉があったところと言い伝えられています。

 

そこに、高倉下命を祀る神倉神社があります。

 

私の名前は榎本といいますが、

榎本は熊野三党のうちのひとつであり、

その三党の祖神は高倉下命であると、

神倉神社の由緒には書かれています。

 

なぜ神倉神社のご祭神が高倉下命なのか?

高倉下命が熊野とゆかりが深いからなのか?

と思っていたのですが・・・。

 

そんな言い伝えがあるのを知りませんでした。

その高倉下命が主祭神として祀られるのが、新潟県の弥彦神社。

 

神武天皇即位の大典に招かれ、フツノミタマノツルギを奉った

功績を天皇からほめたたえられ、神武天皇から頼みがあることをいわれる。

 

それが、越後開拓の命令であり、

弥彦神社のご祭神として祀られることにつながるんですね。

 

こうやって、他の神社や神さまのつながりを知ることで

視野が広がるものですね!

 

高倉下命という名前も、

高い倉の下に剣があるという意味なのでしょうかね~。

 

寝ている間にアマテラスオオミカミやタケミカヅチノミコトと

会って話をする夢を見るなど・・・。

 

スピリチュアリズムの視点では、

誰もが寝ている間は、実はあの世に帰っている。

 

守護霊さんとの作戦タイムであると聞いたことがあります。

だから、睡眠は大切なんですね~!

 

神倉神社には猿田彦大神が祀られたお社もあり、

ツアーでは必ずこちらから参拝して

安全で良き熊野の旅となるようにお導きをお祈りしています。

 

参考文献:『峰の櫻 おやひこ様物語』 彌彦神社宮司 大森利憲 より

 

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